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日常をだらだらと時々イラストもどきです。
やるならやるでいいけれど、普通にやって欲しい件について。⑥
競技がメインなら応援合戦は副菜だが、体育祭を彩るのに欠かせない。
スポーツマンシップに則って、お互いに称え合い、盛り上がるのは悪くない。
ただ、正式に得点が割り振られていない競技があるのに、応援に多大な配点があるのは、何か違う気がしなくもない。
だからといって、ダンスに得点つけろとは言わないけども。
むしろ、そんな真剣に見ないでほしいけども。
ただ、ここまで終われば残りも見えてくる。
できれば、最後まで問題なく終わりたい。


※なるみんのアイドルにご興味がお有りの方は、「バク転 ギネス記録 マスコット」で検索いただけると元ネタが今ならでてくるかと思います。




幸い、腹がくちくなると大体の問題はどうでも良くなるものだ。
特に今日の昼ご飯は美味かった。八岐は本当に料理が上手だ。
黒田先生も馬鹿なことやってないで、さっさと休憩に入ればいいのに。
毎日、愛妻弁当つくってもらってるんだろ。
教師に対しても、既婚者に対しても適切な表現ではないかも知れないが、どっちがリア充だよ。

奥さんが意外なほど美人なのと合わせて有名な話を思い出しながら、ご馳走様と手を合わせれば、食後のお茶まで出てきた。
喫茶店の看板娘をしている従姉妹のおすすめだ。伊達にプロをやっていないから飲んでみろと勧められ、遠慮なくいただく。
茶葉の違いなどわからないけれど、ふんわりと香る紅茶の匂いは甘く優しい。
それだけで半日の疲れが取れたような気がした。
お礼ついでに何時もながらおすそ分けが美味かったことを伝えれば、八岐は嬉しそうに笑った。

「なんとか、前半が終わったねー 
 順位はどうなってるんだろ」
「今、集計中だろうから、見に行くにしても少し時間を置いたほうがいいだろうな」

漸く一息つけた所で経過が気になると言うのに頷く。
騎馬戦は勝ったし、綱引きは2位だった。一応、ダンスのサービス得点も多少は貢献しているはず。
他学年の成績も1学年の玉入れは3位、3年のスプーンリレーが2位だったから、悪くはないと思うが。
ただ、一人ずつ勘定する徒競走とパン食いがどうなっているか分からない。
人数が多いのに加えて、6色もあるから計算が大変だ。
実行委員にお昼を食べる時間はあるのだろうか。あの松平が飯を抜くとは思えないけれども。


後は徒競走と応援合戦、クラス対抗リレーだ。
頑張らなきゃと口にしつつも、八岐は肩を落として溜息を付いた。
騎馬戦じゃ随分活躍してたからな。あれだけ走り回されれば、早々回復もしないか。
それにしても元気がないのが心配になる。

「おい、大丈夫か?」
「ん? ああ、平気だよ」
「嘘つけ。顔に出てるぞ」

八岐は問題ないと笑ってみせたが、その笑顔が何処かぎこちない。
やっぱり無理してるだろと、つい非難がましく指摘すれば、体力的には大丈夫なんだけどねと大人しく認めた。

「ちょっと精神的には疲れたかなー 
 ある意味、そう言われるのを狙った結果だけどさ。努力の成果を卑怯とか言われると流石にねー」
「ああ、さっきのか」

真っ向勝負と見せかけた罠にはめたのを2組の連中に責められたのが、意外と堪えていたのか。
何時も飄々として、罵詈雑言も軽く受け流す八岐が珍しく苦笑いする。

「別に、楽して得た勝利じゃないからね。
 与えられた情報と練習期間は同じだもん。決まったルールの範囲内で何処までやれるかを検討するか、何も考えず型通りに動くか、どうせ勝てないと早々に諦めるかは各自の判断でしょ。
 うちのクラスは絶対負けたくないから、試行錯誤を繰り返しながら作戦を組み立てた。
 それを力技で押し切ろうとしたのが上手く行かなかったからって、ズルいって言われてもねえ」

詳しく聞けば、先の言い争いほどではないが、馬に乗らなかったことで他のクラスからも文句を言われたそうだ。
されど、騎馬数の調整がルール上問題ないのは確認済み。
馬なし騎手は3組も使っており、うちのクラスだけが許可された作戦でもない。
そもそも、戦略とは相手の想定外から攻めるのが基本。
規定に反してもいないのにイメージと異なるだけで反則だなど、ただの言いがかりに過ぎないが、どちらにしろ気分の良いものではないに決まっている。


「言われてみれば、崩されただけでは敗北とならない反面、組み直しが許されるのは一回のみで、馬の居ない騎手がでる可能性は十分考えられる。
 それを最初からやるか、途中からになるかの違いだもんな。
 一騎を複数で攻撃するのも当然。馬無しでやったからって文句を言われる道理はないか」
「むしろ、作戦が物を言う競技だって先生からも最初に言われたのに、馬の数も配置もろくに検討せず、前進オンリーで勝てると思う方がおかしいでしょ」

授業での練習中、2組は平常運転で勝ちすぎ、4組は負けすぎてやる気を無くしていた。
故に作戦など考える必要も余裕もなかったのだろうが、それは自分たちには関係のないこと。
5組6組だって互いの状況を調べようと思えば幾らでも調べられたのに、情報収集を怠り常識の範囲から出ようとしなかったのは自己責任だ。
うちと3組があそこまで本気でくると思っていなかったのかも知れないが、真面目にやって怒られる筋はない。

「大体さ、卑怯だって言うならアスリートが一般人に、しかも自分の土俵でタイマン勝負しろって言う方が余っ程じゃない?」
「違いない」

中学までは多少運動もしていたが、体育会系中でも群を抜くパワフルな代田に、正攻法で敵うはずがない。
されど集中攻撃を受けるのは目に見えており、負けたくもないから対策を練って何が悪い。
何より、まともにやったら無事では済まないと遠い目をした八岐を、誰が責められるだろうか。誰も責められまい。


「ま、今更、白金さんがいくら吠えても負け犬の遠吠えだから。
 このまま、応援合戦も勝たせてもらうよ」
「応援合戦は代田も出るんだったっけか」
「出るよー 騎馬戦と違って、直接当たらなくて良い分、気が楽だけどね」

話のまとめにしては棘のある口調に、代田が強すぎるだけでなく白金とも何かあったのを察する。
問えば「だって、あの人、北条君のこと、陰険根暗メガネって言ったんだもん」と頬を膨らませた。
良く知りもしないどころか接点がないのに何でそうなったとは思うが、そんなもん好きに言わせておけばいいのに。

構うだけ無駄。俺は痛くも痒くもないから放っておけと嗜めるも、私が嫌なのとそっぽを向かれた。
経験上、八岐が女言葉になってる時は感情的でキレやすい。
藪をつついて蛇を出してもつまらないので諦めて、触れないことにする。
それより、そろそろ昼休みが終わる。食べたものを片付けよう。

次は3年の徒競走で、その後も暫く出番はないから慌てる必要はないが、ダラダラしすぎて時間通りに席へ戻れないと減点される。
そんな危険を犯す理由もなく、適当に声を掛け合い移動する。


少しだけ早めに移動した甲斐あって、席には余裕を持って戻れた。
白組は2位だった。青が1位で緑が3位。ただ4位以降も得点は僅差で、いくらでも覆りそうだ。

しかし、ただ走るだけの徒競走は、見るのもやるのもつまらない。
それを全生徒でやらなくても良いんじゃないか。
来年、もしも実行委員になったら、別の競技への変更を提案しても良いかもしれない。
いや、それより安全性の確保が先か。激辛カレーパンも精神を削る借り物競走も嫌だ。
どんな競技なら安心して挑めるだろう。

暇つぶし代わりに羽柴たちへ聞いてみれば、「オレ、飴食い競争ってやつ、やってみたいー」「安全になら、野菜リレーなら問題ないんじゃないか?」と返ってきた。
3年の悲劇が繰り返されたのや、ダンスが魔女っ子になった理由がわかった気がした。

飴食いって、小麦粉の中の飴を手を使わずに探すんだろ。確実にお笑い系じゃん。衛生面でも問題あるじゃん。
あと、野菜リレーって何? バトンの代わりに大根や人参持って走る? 走り終わった後に使った野菜はもらえる? 
何処で主流の競技だろうか。俺の偏見か、大変田舎臭く感じるが。

全く、生徒がこれでは競技の方向がおかしくなるはずだ。
呆れて溜息を付いたら、じゃあ、お前なら何にするんだと文句を言われ、障害物競争などどうかと提案してみる。

「ばっか。それ絶対、普通じゃない障害物が混ざるぞ」
「平均台渡ったり、輪っかや網をくぐったりするんでしょ。
 落ちたら泥の中とか、網の中にネズミとか放たれそう」
「ネズミはないと思うが……泥はあるかもな」
「甘いぞ、北条。彼奴はやる。そう言う男だ」
「ハッシー、伊達君のこの先生へ対する悪意ある信頼は何ー?」
「だから、何時も言ってるだろ、武田。触れちゃいけねえもんが世の中にはあるんだよ。黙ってろ」
「そもそも、来年も理系の教員が監督すると決まってないはずだが……」

好き勝手騒いでいるうちに3年男子の徒競走が1年女子の競技に変わり、応援合戦にでる者らが準備のため席から立ち上がった。
気合十分なのは良いが小俣の動きは強張っており、団長をやる八岐も緊張しているのか表情が硬い。
言葉少なく移動しようとする彼女らに、武田が声を掛ける。

「八岐ちゃんも、小俣さんも、頑張ってね!」
「……! 任せなさい」
「勿論。私のアイドルに掛けて、ここは外さない」
「ま、行ってくるよ。応援よろしく」

真剣そのものといった体で頷いた二人に鈴鹿が苦笑し、軽く手を振って出ていった。
八岐ちゃんのアイドルって誰? 応援とどう関係してるの? 知らん。聞いたことない等と出番がないのを良いことにそのまま雑談を続け、結局、競技が変わって1年男子の徒競走が終わるまでずっと喋っていた。
次は応援合戦だと告げる放送室からのアナウンスに、今度は武田が立ち上がる。


「オレもリレーの準備しないと。ちょっと行ってくるね」
「おう、転ばないように気をつけろよ」

応援合戦の後には学年総合リレーを行う。
伊達に陸上部へ所属しているわけではなく、武田はクラスで一番足が速い。
各学年の代表として出場する彼奴の分まで応援せねばと、羽柴が見送りながら呟いた。

応援合戦は最も大きな歓声が上がったところが勝つ。
自軍以外の応援時には黙っていれば良さそうなものだが、それはスポーツマンシップに反すると、評価が下がったりする。
自分の組を応援する。他の組も応援する。皆でどれだけ盛り上がれるか。
どれだけ周りを巻き込めるかがポイントだ。

故に各クラスが趣向を凝らす。
演舞を行う順番も重要だと、自クラスが何処になるかを決めるのに実行委員は熾烈を争うらしい。くじ引きなのに。
引く順番に対して、別途抽選が必要な勢いだと松平が言ってた。


尚、今年は白組の演舞が最後。大トリとしてそれまでの盛り上がりを一気に持っていけるか、騒ぎ疲れ、飽きられておざなりな反応となるか。
何方もありうるだけに応援団員に掛かるプレッシャーは相当だろう。

「八岐は大丈夫だろうか」
「彼奴が駄目なら、もう諦めるしかないからな。
 なるようになるだろ」

半ば達観して、まずは舞い踊るオレンジ色の紙吹雪を眺める。
質実剛健で地味になりがちな6組にしては派手だ。羽織袴にたすき掛けが凛々しい。
問題なく演舞が終わり、続いた3組は学ラン、ではなくセーラー服で統一してきた。
男子はバックダンサーとして完全に後ろに下がり、女子が全面に出て手を振り、跳ね回って注目を集める。

可愛らしさと清楚さを振りまきながら踊る彼女らに、各学年の男どもが色めき立つ。
耳まで赤くして青いぽんぽんを揺らす、真ん中の子が特に可愛い。
ちょっと動きが遅くて、如何にも大人しい子が頑張って出てきた感がいい。

「あれは騎馬戦で盾役やってた子か。名前は……飛倉だったか?
 松平が褒めてたな」
「……何? お前、ああいうのがタイプなの?」
「なんでだよ」

深い意図なく自然に話題へ乗せたら、羽柴に胡乱な目を向けられた。
伊達にも口の端を歪め、嫌な顔をされる。
何も言わないのが返ってムカつくな、此奴は。と、思った側からボソリと呟かれる。

「……確かに、八岐とは全然違うな」
「ああなー 控えめで友達の後ろに隠れてそうな感じとかな。
 逃げられると追いたくなるもんだしな」
「別に、八岐は関係ないだろ」

ああいうのが良いんじゃなーと、チクチク刺すような態度を取られて閉口する。
羽柴も八岐と仲が良いから、明らかに違うタイプの女子を褒めることで結果的に彼奴を下げるような俺の発言が気に入らないのだろうが、何故、伊達にまで白眼を向けられなきゃいけないんだ。

普段、俺以上に周囲と関わろうとしない此奴までこれだから、人間関係は面倒だ。
大体、ちょっと気になっただけで、飛倉だって特別に褒めてないとか、そもそも、常に優先できるわけじゃないからこそ、八岐とは付き合えないんだとか、言っても仕方ないか。


「まあ、確かにああいうタイプは嫌いじゃないが」

責められること含めて色々諦め、大人しく肯定する。
ふわふわと柔らかな可愛らしさが目に止まったのを否定したり、儚げで守ってあげたくなる感じが嫌だと言うほど、俺も歪んでない。
苦手なりに頑張ろうとする一生懸命さは好感が持て、好きか嫌いかの二択なら答えは決まっている。
だが、しかし。

「でも、同時に色々面倒と言うか、気を使いそうだなとも思う」
「ああなー 真面目で繊細そうだもんな。
 うっかり傷つけて、泣かせそうで怖いな」

あまり人に気を使える性格ではないので、か弱いタイプは正直、合わない。
俺は我が強くて周囲に合わせるのが苦手だし、言葉もきつくなりがちだから、軽く受け流される程度がちょうどいいと思う。
真摯に対応され、真正面から受け止められた結果、泣かれたりしても困る。

だから、彼奴が不真面目というつもりはないが、何時も飄々として多少のことでは動じない八岐の冷静さには、結構助かっている。
彼奴も何処までだし、先日、武田に指摘された通り、あんまり甘えるのも良くないけどな。
それに付き合うかとかも、やっぱり別の話だ。それはそれ、これはこれ。
何でも一緒くたに結びつけるもんじゃないと言い返す。

「大体、可愛い子がいるのと、付き合いたいとか好みのタイプかは別だろう。
 仮に彼女や好きな子が居てもアイドルや女優に興味がないかと言ったら、違うのと一緒だ」
「そうかもな……って、お前、好きなアイドルとかいるの?!」
「いや、改めて聞かれると浮かんでこないけど、そこまで驚くことか?
 俺をなんだと思っている」
「俺は綾瀬はるかが好きです!!」
「伊達、興味はあるけどお前には今、聞いてない。
 って、本当に変な所で反応するな。熱弁しなくていいから」

無駄に背が高くて場所を取る割に影の薄いクラスメイトの趣味がわかった所で5組に入れ替わる。


獅子舞ならぬ虎のぬいぐるみが踊り、団員に誘われて手拍子を入れる。
俺は結構面白いと思ったのだが、羽柴は複雑そうだった。
黄組だから虎が採用されたにしても、あのキグルミには見覚えがあって、若干素直に応援し難いとかなんとか。
熱烈なファンがいるのだろうか。また、公私混同の匂いがすると眉間にシワを寄せる。
そこまで深く考えなくともと言い合ううちに曲が変わり、黄色い声が上がった。

今度の4組は3組と逆の方向で攻めてきたようだ。
女子を後ろに下がらせた緑鉢巻の連中が掛け声と合わせて、空手に似た型を繰り出す。
旗などの小物を組み込んでの動きは練習の成果が見て取れ、選んだBGMのセンスも良い。
袴と言っても古臭さはなく、むしろタレントの衣装のように見えるから不思議だ。
普段と異なる凛々しさにやられた女子達が、グラウンドに向かって懸命に手を振っていることからも、多くの指示を得ているのが分かる。
だが、伊達がなんとなく不満げに顔を背けた。

「……なんか、ムカつくな」
「言いたいことは分からなくもない。
 で、あの眼鏡が織田か。こんな近くで見たのは初めてだな」

僻みとしてしまえばそれまでだが、なんとも思わないと言ったら嘘になる。
ちっと舌打ちした相方を嗜めるどころか肯定しつつ、羽柴も眉間にシワを寄せた。
団長の横で応援に手を振り返しているやつを睨み、フンと鼻で笑う。

「まあ、あれで人当たりがよくて文武両道なら、相当騒がれるだろうなとも思うけど、八岐の感想もあながち外れてねえかもな。
 北条よりは女顔で、背が高いってだけだろ」
「……人当たりが良いのは、大きい気がする」
「だから、俺を対比に使うな。後、誰の背が低いって!? 伊達も黙ってろ!」
「それこそ単なる比較だから、そう怒るなよー」

人当たりが悪いのは事実だが、伊達には言われたくない。
そして、それ以上に聞き捨てならない評価を見過ごせず揉めていたら、運の悪いことに通りがかった先生に叱られた。
ただの警告で減点には繋がらなかったが、ちょっと危なかった。
周りからも白い目を向けられ、喋るのを辞める代わりに水面下でお互いを蹴っ飛ばす。


これも派手にやると怒られるので程々に留め、グラウンドへ意識を戻したところで、2組の演舞が始まった。
羽織袴は4組と同じだが、ずらりと並んだ赤鉢巻は男女混合。
真ん中にやる気満々な代田の姿を見つけ、自然と溜息がこぼれる。
さて、かっこよさで女子のハートを持っていった4組の後で、2組はどう攻めるのか。

「「「「押忍っ!!!」」」」

半ば諦念に似たやる気の無さで眺めたのを、思い切りふっとばされた。
腹の底からの気合が入った掛け声が、美形に燥いで浮かれた場の雰囲気を一掃する。
掛け声に合わせて振り下ろされる腕も、大地を踏みしめる足も力強く、見えない力で叩きつけられたような衝撃を感じる。
中央でランランと目を光らせ、猛獣のように吠える代田が一際目を引く。
どっから声出してるんだ、彼奴は。

これぞ体育祭と言わんばかりの荒々しさに飲み込まれ、グラウンドは一旦静まり返ったが、我に返ったものからの呼応が始まり、歓声が一気に大きくなっていく。

「やばいな、持ってかれたぞ」
「ああ、シンプルな力技だけに、これをひっくり返すのは厳しい」

グラウンドをゆるがすような盛り上がりに、思わず顔を顰める。
つい、引き込まれてしまったが、この後は白組だ。

負けないと八岐は胸を張っていたが、一気に赤組一色となったこの状況を覆すのは大変に難しい。
誰もが興奮しているからこそ、半端な応援は受け入れられない。
今更ながら焦りを感じるも、何も出来ない。
演舞を終えた2組と入れ替わり、1組の団員がグラウンド出てくる。彼奴等はこの盛り上がりに乗れるのか。


曲が変わり、1組の演舞が始まった。
学ランで統一された白鉢巻の中央を示し、誰かが呟く。

「あれ、八岐ちゃんよね? やっぱ格好いいわ、あの子」

一人被った学生帽で顔が見え辛いのが返って想像を掻き立て、彼奴はそれを裏切らない。
単に格好いいだけでなく、何処か色気を含んだしなやかな動きが周囲を少しずつ魅了していく。

だが、足らない。
格好いいなら4組がやった。可愛さなら3組に敵わない。
5組のような面白さはないし、真剣ではあっても6組ほどの懸命さもない。
何より、流れは2組が持ってった。
悪くはないがどうにも中途半端で終わりそうな、あの迫力の前では仕方ないような、なんとも言えない失意と諦念が入り混じった空気が流れ始める中、ピタリと曲と演技が終わった。

少し早すぎる終了に違和感を覚えたのもつかの間、団員たちが陣形を変える。
さっと一列に並ぶ彼らの前を、勿体付けるようにゆうゆう八岐が歩いていく。
大きな旗を持って続くのは鈴鹿か。
何が始まるのかとざわめき、集まる視線の中で八岐は堂々と上着を脱ぎ、学生帽を深く被り直した。
とんとんと軽く足踏みする仕草に、騎馬戦で代田と向き合った時と同じ気迫を感じる。
隣で鈴鹿がぐっと旗を持ち直し、腰を少しおろして走る姿勢に入った。


「う、うおぉぉぉぉおっ!!? マジかっ!?」

ダンと地面を蹴った鈴鹿の後を追うようにして、八岐は動き出した。
助走をつけて、両手を伸ばして一気に跳ぶ。
一回転、二回転、三回転……って、何処まで行くんだ彼奴!?
何だあれと、羽柴の叫び声が耳をつく。
一歩たりとも止まらずクルクルと前転跳びで進む八岐に、歓声上げるだけでは収まらず、何人もが立ち上がる。
応援団長の進行に合わせて団員が行うウェーブは、あっという間に端まで繋がった。
最後に大きくぽんと飛んで前転を終えた八岐が、興奮する生徒らに向かって挑発的に大きく腕を振り、人差し指を掲げる。
その意味を察したものから膝を折り、さっと場が静まり返る。

ぶんと大きく鈴鹿が旗を振ったのを合図に、再び八岐が助走を始めた。
今度はバク転でガンガン進むのに合わせ、生徒全員の歓声とウェーブが始まる。皆、ノリが良いな。
やはり、途中で止まることなく飛び進み、最後にはひねりまで入れてバク転を終えた八岐が、被っていた学生帽を脱いで高く放り投げる。
格好いい、凄い、何あれと性別、学年問わない叫び声がグラウンドいっぱい広がった。

やりやがった。彼奴、やりやがった。
2組が作った盛り上がりごと、全部持ってきやがった。

「そういや彼奴、中学までは体操部だったって聞いたな」

熱気と興奮に飲まれ、もう、どうして良いかわからない様子で呟いた羽柴の声も震えていた。
怖い。もう、ここまで来ると彼奴が怖い。
どんだけ隠し玉を持ってるんだ。少々やんちゃとか、活発とか規格外とかそう言うレベルじゃないだろ。


流石に全力を出したのか、意気揚々と戻ってきた八岐はまだ勢い冷めやらない様子で常ならず激しかった。

「我がアイドル直伝の技をみたか! 
 俺はこのために小学生の時から体操やってたかんな!!
 多少のブランクなどで止められると思うな!!」

おかえり、おかえりと諸手で向かえるクラスメイトに吠えた口調が、完全に男言葉になってた。
凄かったなと声を掛ければ、ギネス記録持ってるマイハニーに比べれば、どうということはないと真顔で返された。
だから誰ですか、マイハニーって。
羽柴が至極納得した顔で何度も頷いてたけど。

これは2組もケチのつけようがあるまいと思ったら、誰より代田が大興奮で、次の総合リレーに出なければならないのに「もう一回! もう一回やって!!」と収まらないので、鈴鹿に引きずられていったそうだ。
彼奴は本当に手が掛かる。
コメント
コメント
更新、お疲れさまでした。

八岐ちゃん、ほんと万能だなぁ。料理が上手いのは、ポイント高いですねぇ(女の子だからとは、言いませんけどw)
騎馬戦については、完全に作戦勝ちでしたし、八岐ちゃん個人の技能も高かった。相手のあれは負け惜しみだから、気にしなくていいのに。なんか、応援合戦を控えての八岐ちゃんの様子が気になるなぁと思っていましたが、まあ、完全な杞憂でしたね。ここでも彼女の無双っぷりが、見事でした。うん、カッコいい。
ああ、でも、北条くんの八岐ちゃんに対する煮え切らない態度の理由も、ちょこっと垣間見えましたね。ここまで何もかもができすぎてしまうと、俺っていらないんじゃ、ってなっちゃいそう。飛倉ちゃんみたいなタイプの子の方が、男心をくすぐるんだよなぁ(笑)
2023/11/08(水) 20:35:35 | URL | TOM-F #V5TnqLKM [ 編集 ]
Re: TOM-F様
こんにちは。

掃除とか装うとか鳴海も苦手部門はありますし、料理が出来るのは彼女に限ったことではないですが、ポイントは高いですね(真剣。
そう言えば、北条は蕎麦が打てたな。
何にしろ、朝から頑張ったのは代田だけではないようです。

そんな出来る子な鳴海ですけれど、やっぱり怒りもすればプレッシャーも感じますし、自信を失くすこともあります。
当然、調子にも乗ります。必殺技のバク転が決まって超ご機嫌です。

北条は……今こそ平常運転だった気が……飛倉に惹かれるようなら、まだ可愛げがあるんですが。
「面倒」言ってたのが本音なので。
鳴海の不調に気がついてただけ、良しとしてあげて下さい。

コメントをどうもありがとうございました。
2023/11/10(金) 17:29:52 | URL | 津路 志士朗 #- [ 編集 ]
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